日系工業地帯への好立地であるシラチャの発展

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こんにちは、西村不動産シラチャ支店です。世界有数の日本人町となっているシラチャの日本人人口は、現在6000人とも7000人ともいわれています。今のシラチャはどのようにして日本人の多く住む町になっていったのでしょう。シラチャといえば工業地帯と密接な関係があります。周辺にある工業地帯への日系企業進出によって急速に発展しました。シラチャはタイでもよく名前を聞く有名な工業地帯に囲まれています。

 

工業地帯の歴史

タイの国家的プロジェクトとして、1980年代にバンコクの南東部、丁度今のシラチャあたりの圏内で、臨海開発がスタートしました。これはタイ湾で天然ガス発見という大きな出来事や、環境的にとして大型船などの入港ができないバンコク港の代役としての港を必要としたためでした。

そこで目をつけたのが、チョンブリ県シラチャです。レムチャバンの臨海地区に国際的な商業港を開発したのでした。これより輸出に向けた機械工業の拠点となり、一気にインフラ整備されます。日本もこのインフラ整備や建設に関して多額な援助をしています。

そして1991年に開港、タイ国内最大の港として機能しています。敷地面積としては、なんと東京ドーム 200 個分です!港のコンテナの取扱は 能力的に世界 20 位くらいの取扱量なのだそうです。

 

周辺工業地帯

タイの工業地帯は中部地域からアユタヤ周辺などが有名ですが、洪水被害や工業地帯の増加などから、東部のシラチャ方面が注目される傾向が強くなったように思われます。シラチャ近郊では、アマタシティー工業団地、イースタンシーボード工業団地、アマタナコン工業団地などよく耳にする工業地帯が集中しており、シラチャはそれら工業地帯まで車で30分程の好立地にあります。

 

日本人の増加

日系企業の増加で、それまでタイの一地方であった港町シラチャは一気に様変わりしていきました。日本人向けの飲食店、日本語が通じる病院、そして日本人学校など。

私達の不動産業につきましても、当初工場はあれど、シラチャには日本人向けの賃貸物件などはまだ少なく、比較的遠方から通勤される日系工場に通われる日本人の方が多く、シラチャ不動産の拡張が望まれていましたが、人口の増加と、日本人市場の確立と共に、必然的に物件は増え始め、今ではエリアごとに細かなリクエストにお応えして、ご紹介出来るほどの物件数となってきました。

 

いかがでしょう。工業と共に発展してきたシラチャですが、今や日本人町独特の魅力も持っています。西村不動産シラチャ支店は、仕事にも、生活する上でもシラチャライフを快適に過ごせる賃貸を皆様にご案内してまいります。